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【実話】美大・専門学校出ていないデザイナーの末路とは




ぼく自身、美大・デザイン専門学校を卒業していない身として、語れる部分があるのではないかと思い、ここに綴ります。


肌感、美大・専門学校を出てない人、専門学校卒生は美大卒に、少なからず劣等感を感じてデザイナー生活をしている人が多い印象です。

デザイナーに関わらず、多くのクリエイター、専門職がそうかと思います。

ぼくもその1人でした。


そんな田舎出身のぼくがデザイン会社を立ち上げ、下北沢のデザイナー・クリエイティブディレクターとして日々クリエイティブライフを送るまでに至りました。


今ではそんな劣等感、全く感じていません。


この記事を読んだ方が、少しでも今のデザイナーライフに彩りが出ると嬉しいです🌷


 

前談:グラフィックデザイナーを目指したきっかけ



小学校の文集に「グラフィックデザイナーになる」と書いたは良いものの、大学受験期まで、将来のことは特段考えていませんでした。

夏休みの作品作りや、中高でちょっとした賞を獲って謎の自信があったのか、某美大を受けることに。


。。前期試験。見事に落ち、経済的な面もあり地元の4大にいくことになりました。

戦意喪失した僕は大学でバンド生活に明け暮れます。


いざ卒業が迫る。


みんなと同じくそこらのメーカーにいくのか。。

いや、おれはデザイナーになりたいんだ!みんなとは違うんだ!

研究室の教授にもツバを撒き散らしていたところ、呆れた教授。


「うちの大学のパンフレットを作ってる知り合いがいるから紹介するよ」

ここからぼくのデザイナーライフが始まります。



 

デザイナー人生8年の略歴



ここからは表でいってみます!!笑

デザイナー歴

出来事

内容

1年目 24歳

地元長野のフリーランスデザイナーに従事(弟子入り)

<経緯> ・24歳 ・大学の教授経由で紹介 ・デザイナーが集まる会に凸る 1ヶ月でイラレとフォトショ習得が入社条件(全く触ったことがない) <業務内容> ・デザインのド基礎を叩き込まれる(0.1mmの美学、カーニング諸々※超感謝です) ・お酒ラベルやイベントなど地元密着型のアシスタントデザイナー  ・案出しのお手伝いやモック制作、制作物のお届け(この辺のクラフト感、とても好きでした) ・イラスト業務は任せてもらえる ・様々なコンペ会場や展示に連れて行ってもらう <業界> ・オリンピックロゴ事件でデザイン界隈が盛り上がる ・盗用じゃない派が多く少し疑問に思う <思考> ・自分の力量不足に絶望 ・一方でデザインの可能性を感じる 学生時代の友達がこぞって良い企業に就職していることに焦りを感じる(これあるあるな気がします。笑) <行動> ・地元のデザイナーとの繋がりが増える ・初めて作ったポスターが入選

2年目 25歳

大手制作会社へ

<経緯> ・師匠が東京で働いていたことからレベルアップしたく転職 ・上京。下北に住みたかったが金銭的に笹塚に住む ・オフィスは原宿。チャリで通う <業務内容> 大手広告デザインに携わる ・CMやWeb案にも携わる ・イラストをさせてもらえる ・朝日を眺める生活を送る ・夏休みが前日になくなる <業界> ・電通の過労自殺事件が起こる、会社の働き方が「少し」変わる <思考> ・大手相手に初めて自分のデザインが通用したことに手応えを感じる ・制作において人のレイヤーの多さに戸惑う(大きい案件だから当たり前だけど) ・フィニッシュまで携わっても会社HPに上司の名前しか載らず悲しい ・本当に自分のやりたいデザインか悩む <行動> ・空き時間でコンペに出しまくる ・キャラクターコンペで最優秀賞を受賞、その他細い賞を獲得 ・東京で出会った仲間とZINEを作る 違う業界の友だちに会いまくる(これが美大出てない特権です!笑 下北で夢追い人たちとの出会いを楽しむ

3年目目 26歳

小規模デザイン会社へ

<経緯> 30歳での独立を見据え、小さなデザイン会社で経験を積むことに ・地方デザインと都内デザインの中間を探るため ・場所は変わらず原宿 <業務内容> ・飲食業メインの店内グラフィックや量販パッケージデザイン ・広告系のアートディレクション ・社内マネジメント <行動> ・相変わらずの働き方で友達を失い出す ・社長の顔色を伺って謎残業を繰り返すクソ体質に疑問 ・社風を変えるよう試みる

4年目 27歳

結婚・子どもが生まれる

<行動> ・人生の転機が訪れる ・会社の体質、効率改善に尽力するも、煙たがられる <思考> ・会社都合で子育てに関われないことに強い憤りを感じる

4.5年目 27歳

独立 SAKU design開業

・子育て環境を作るべく巻き巻きでいざ、独立へ ・下北沢に事務所を構える ・友人の助言で業種がわかる名前に ・コネほぼ0でスタート この辺の詳しくは デザイナーの独立 をご覧ください!

5年目 28歳

コロナ禍突入

・紙媒体案件がほぼ0に。 工学部だったこともあり、Web案件にシームレス移行

6年目 30歳

デザイン×SNS事業を本格化

・デザイン案件が安定してくる ・デザインの可能性を探るべく、デザインと相性の良いInstagramで実験を始める ・下北沢のメディアアカウントを開始 ・下北沢にマンションを買う

7年目 31歳

法人化 株式会社あおとき設立

・社員2名 ・事業拡大にあたり法人化 ・大型案件も増える ・子どもの保育園送り迎え率99.9%達成

8年目 32歳

下北沢まちづくり事業を本格化

・社員4名、パートナー増 ・デザイン×まちづくりの可能性を探る ・下北沢のイベントの企画運営、自社イベントを積極開催 ・Web3を使ったデザインのあり方を探る

てな感じで、この略歴を見て感じて欲しいことがあります。


美大や専門学校を出なくても、一デザイナーにはなれます。

でも彼らと同じルートでは一生量産系デザイナーのままでしょう。

ぼくは得意の生き急ぎ精神で唯一無二の今を生きれています。


違う学歴だからできることがある、そのイレギュラーを“デザイン”していくことも非美大クリエイターとしての力量だと思います。

その過程は厳しくもとても楽しみがいのあるものです。

今やCanvaをちょちょいとレイアウトするだけでも「デザイナー」と名乗れる時代です。

でもそれも一つのデザイナーとして見出した道だと思いますし、作品を誇れるのであれば立派なクリエイターでしょう。


もちろんセンス一本で戦えるならそれに越したことはないですが、それはもはや「アーティスト」かなと。


もし進路で悩んで良いる方がいたら、相談してください。

少しばかりお話しできるかと。


では、あなたらしいステキなクリエイターライフを!



櫻井孝佑



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